訃報

悲しいお知らせが相次いでありました。

母校教員であった櫛部浄義先生が1月9日に逝去されました。昭和23(1948)~42(1967)年の19年間数学の教鞭をとり、ご指導くださいました。
教会式で告別式が執り行われたとのことです。
旧制二中・立川高校出身の先生は毎回「東京校歌祭」に参加、両校の舞台に立っておられました。
また広尾高校、武蔵野北高校(初代)校長を務められました。

元理事で園芸部OB会「どんこう会」代表の高4期大西路男さんが1月13日に逝去されました。
大西さんは、長く同窓会理事を務められ、特に平成18(2006)年までの13年間は会報委員長として多くの取材をされました。また、園芸部OB会「どんこう会」の代表として昨年まで月に2回の母校美化活動の中心となられ活動してこられました。
通夜・告別式は1月19日(金)・20日(土)に東京・荻窪の光明院で。問い合わせはTEL:03-3390-4647。

お二方のご冥福をお祈り申し上げます。

前理事長、杉並区戦争戦災証言集に寄稿

4月に杉並区が戦後70年事業として編纂した「区民の戦争戦災証言記録集」が発行されました。1993(平成5)年に発行されて以来、23年ぶりになる記録集、戦争戦災を体験した方々が戦後70年を経て高齢化していく中、貴重な証言を集めたとのことです。

杉澤前理事長(高4期)は杉並第六国民学校(現・杉並第六小学校)5年生の時に宮城県へ疎開した時の思い出を寄稿されました。
この証言集はPDFで読むことができます。

区民の戦争戦災証言記録集
※杉澤前理事長の証言は50ページに写真付きで掲載されています。

追記
1993年に発行された「平和を願って 区民の戦争・戦災体験集」には、高4期の元理事、大西さんの文章も収められています。
平和を願って 区民の戦争・戦災体験集

高4期柴岡さん、みどりの学術賞受賞

高4期の柴岡さん(大阪大学名誉教授・植物学)が、このたびみどりの学術賞を受賞されました。
去る4月25日(金)に天皇皇后両陛下も出席されたみどりの式典において、安部内閣総理大臣より表彰されました。

みどりの学術賞とは「「みどり」に関する学術上の顕著な功績のあった個人に内閣総理大臣が授与するもの」(公式サイトより)だそうです。

今回の授賞理由は「初期の業績であるヒマワリの茎の先端が太陽を追いかける回旋運動の研究以来一貫した真摯な姿勢は、植物の不思議さや自然への造詣を深める著作等の活動にも通じており、みどりに対する国民の理解増進にも大きく寄与した」(同サイトより一部抜粋)とあります。これは豊多摩高校在学中に恩師である川崎庸三先生の一言がきっかけで始まったヒマワリの観察に通じるもので、柴岡さんの研究の根幹ともなる大切な研究と業績が評価されたことだと思います。

柴岡さんの著書「キミ見てみんか―この素晴らしき植物の世界」(学術出版センター)に研究について詳しく載っています。この著書は柴岡さんから同窓会総会で講演会をされた時に寄贈され、現在は母校図書館の同窓生コーナーで閲覧できるようになっています。

柴岡さん、おめでとうございました。

なお柴岡さんは今回の授賞のほかにも2005年に南方熊楠賞を受賞されるなど、国内外において数々の賞を授賞されています。
柴岡さんプロフィール
みどりの学術賞 授賞者プロフィール http://www.cao.go.jp/midorisho/houdo/pdf/shibaoka.pdf

母校のことが書かれている サイエンティストライブラリー
植物を見る、植物に聞く http://www.brh.co.jp/s_library/j_site/scientistweb/no52/

高4期同期会が開かれました

高4期同期会が4月に開かれました。今回は高4期の松村さんが校歌についてのお話を寄せてくださいました。

### 高4期生同期会余話「豊多摩高校校歌は名曲だ!」
4月23日毎年恒例の同期会が総員62名の出席で開催、会の終わりに昨年同様我が豊多摩校歌を合唱。我が校歌は珍しい八分の六拍子。

この拍子の歌を日本のポピュラー歌謡の中から探してみると、

  • 黒沢明の映画「生きる」の中で市役所の課長の役で志村喬がブランコに乗って口ずさむラストシーンで唄った「ゴンドラの唄」
  • ラジオ歌謡で懐かしい国民的叙情歌「あざみの唄」
  • 明治10年逗子開成中学の生徒12人が鎌倉沖にボートで出て遭難し帰らなかった悲劇を歌った「七里ガ浜哀歌(通称 真白き富士の嶺)」
  • 太平洋戦争末期勤労動員中その学友が戦地に赴くことになった辛い別れを島崎藤村の詩集「若菜集」にある「高殿」に曲をつけて歌った中央大学学生歌「惜別の歌」
  • 独特の画風で知られた画家で詩人の竹久夢二の悲恋の歌「宵待草」
  • 第三高等学校(今の京都大学)ボート部の歌「琵琶湖周航の歌」
  • 岩手県の北上川の川辺に見た可憐な美少女に捧げた歌「北上夜曲」
  • 林古渓の詩に成田為三がヴァイオリン曲のような美しい旋律をつけた叙情歌「浜辺の歌
  • 昭和7年大磯坂田山心中事件を題材にした五所平之助監督映画で四家文子の歌った主題歌「天国に結ぶ恋」

なんと千曲程も集めた全集の中でたったこれ等9曲しかない、けれど中年以上の人なら多分このうち半分くらいは忘れられていない名曲ばかり、全曲に共通しているのは強い想いをこめた叙情歌なのだ。

『校歌』という言葉が持つ普通のイメージとこれ等叙情歌の楽想は全然重ならない異質のようなのだが我が校歌の作曲者山田耕筰先生は数多ある他の校歌とは際立って違う八分の六拍子にした。多分作詞の金田一京助先生が豊多摩の周辺西田町を散策され詠んだ豊多摩のイメージにピッタリの詩がそうさせたに相違いない。

そんなことを予備知識に喜寿に達するような老人の(当人達は決してそうは思っていないのだが)の集まりが昭和25年(1950年)に出来て、歌った回数も少なく1年後には卒業してしまい60年後なのに忘れているのが当たり前と思ったらば此の吾らの体質に合いそうにない八分の六拍子の校歌を遠い記憶の奥に辿って見事に歌いきった。其れも初めての昨年の試みより数段上の素晴らしい響きで。
きっと類稀な八分の六拍子の我が豊多摩の校歌は数多ある校歌の中で際立った名曲だからに違いない!

2010年4月 高4期A組松村