母校田中先生絵画に額装

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母校正面玄関に飾られているタンクこと美術の田中先生が、その昔メキシコで描かれた80号の大作「トゥーラにて」。
折角寄贈して頂きながら、校舎の増改築が続き埃まみれで倉庫に眠っていた時期もあった。工事も一段落し、やっと現在の地に落ち着いたが、仮のアルミ枠のままだった。そこで母校の80周年、同窓会70周年の記念事業として本格的な額縁を寄贈する事になった。
12期の洋画家高井氏の紹介で、自由が丘と成城学園駅前で国際的な画材店「アダムスジャパン」を経営する田中将彦氏に依頼。同氏は定時制の同窓生で、昼間は母校事務室・現経営企画室に勤務し夜間は授業のはずだが、ジョンベ(物理新山先生・放送部顧問)ら諸先生から「面子が足りないから浜田山の雀荘に出て来い」と時折お呼びが掛かったそうだ。若くして仏、伊へ渡り伝統工芸の一流職人から数多くの技法を伝授されたとのこと。
昔は同じ徽章を付け、同じ校歌を歌い、同じ校舎で学んだ者同士として、全日、定時合同で同窓会総会を開いていたこともあり、同氏のご厚意で市場では数十万円の額縁を取り付け料のみで寄贈頂けることになった。
仏のアンピール型だそうだが、重厚な黄金色でメキシコの遺跡を描いた田中先生の作品にピッタリ。因みにこの業界で大成功を収めた同氏によると、多くのマンションが絵画を飾る釘が打てないため斜陽産業になってしまったそうだ。今回の立派な額装は相当な重量なので、学校の許可を得て本格的なコンクリート釘で固定した。

ところでタンクの愛称だが、88歳・米寿を迎えられた高3期大山氏によると、旧制東京美術学校・芸大卒業後と昭和19年戦局悪化で応召された2回戦地に向かわれたが、戦車隊に所属したのが由来らしい。
だが復員直後はお気に召さなかったのか、誰かが“タンクが来たぞ”と叫ぶや激怒、連帯責任でクラス全員が皮スリッパで殴られたそうだ。男子生徒ばかりの時代だが、今なら新聞ネタになったかも。

田中春弥先生 母校美術科教諭 昭和16(1941)年~42(1967)年在職  日展参与  一水会運営委員
勲四等瑞宝章受章  文部大臣賞等受賞多数  2010年逝去 享年96歳

11期矢島

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