1968年10月の豊多摩ファッション

豊多摩アーカイブス
1967-1968年頃の教室風景

21期小沼さんから、当時クラスメートが撮影した写真をご提供頂きましたので、ご紹介いたします。1968年10月、あるクラスのホームルームの風景です。

21期は1966年4月入学、1969年3月卒業の代になります。1966年は日本の総人口が1億人を突破、まさに時代は高度成長期でした。経済が発達するも、世の中の体制に疑問を持つ若者たちも増え、学生運動が活発化。1969年1月の東大安田講堂事件とよばれる警察機動隊の介入にまで至りました。同年、一ヶ月後に予定されていた東大の入試は中止され、これを契機に東大の入試改革が行われ、後の共通一次試験、センター試験に影響を与える東大の一次試験が実施されるようになったとされます。

写真は当時の生徒たちの姿を映す貴重な記録です。

あまり女子生徒が写っていないのは当時、女子が男子の半分ほどと人数の少ない構成であったこともあるようです。

服装を見ると男子生徒に詰襟姿が目立ちます。服装に悩まなくていい学生服が楽ということもあるようですが、なによりバンカラ(西洋的な風俗を表す「ハイカラ」の対語として生まれた言葉で、現在の東大など旧制高校を中心に広まった夏目漱石の時代にまで遡るファッショントレンド)な気風が根強く、学ランに通学時の足元は下駄履きという人も多かったそうです。写真を提供してくださった小沼さんご自身も「満員電車でも高下駄通学で、真冬でも裸足でした」とのことでした。

対する女性は比較的自由な服装が多かったそうで、1967年秋に来日したファッションモデル、ツイッギーが日本にもたらしたミニスカートブームをいち早く取り入れた女子もいらしたとか。

小沼さん写真のご提供ありがとうございました。

豊多摩アーカイブスについて

「豊多摩アーカイブス」では、往時の豊多摩の姿を同窓生の皆さんと共有していきたいと考えています。掲載するものは「豊多摩の風景」です。なお、紹介にあたって、人物が写り込んでいる場合は、豊多摩リンクスのプライバシーポリシーに則り、人物の特定ができないように加工をさせて頂きます。

どうか古いアルバムを出して頂き、蘇った思い出と共に往時の豊多摩の写真を豊多摩リンクスにご提供お願いできますでしょうか。ご連絡お待ちしてます。

36期 高橋英之 hideyukit+archives@toyotama.org

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